« ライコネン話ですが、いつも以上に大したこと書いていません | トップページ | こういう流行には乗り遅れたい »

2006.12.10

今日の題名のない音楽会

「題名のない音楽会」放送2000回記念ガラコンサートを見ました。メゾ・ソプラノのキャサリン・ジェンキンスが出ることは知っていましたが、それ以外には誰が出るのか知らないで見ていたら、コロラトゥーラ・ソプラノのスミ・ジョーが出てきて、彼女の歌を聴くことが出来たのは嬉しかったです。

いや、特にスミ・ジョーファンとかいうわけではなくてですね、むしろ彼女の歌はCDで1回聞いただけなんですが。そのCDとは、ショルティ指揮の「魔笛」でして、ウィーン少年合唱団のスーパーソリスト、マックス・エマヌエル・ツェンチッチ少年(当時)が三人の童子の一人を担当しているということで聴いた(というか、ウィーン少年合唱団員が出演しているということで聴いた)CDなんですけれども、まあ、マックスくんは本当に素晴らしい。そして、マックスくんと共に三人の童子を担当している他の二人のウィーン少年合唱団員がこれまた素晴らしい。マックスくんの歌唱力は、ウィーン少年合唱団の中でも屈指のものですが、それと比してそれほど遜色なく、当時のウィーン少年合唱団全体のクオリティの高さをまざまざと感じさせてくれます。

なんか、いつの間にかウィーン話になっているので軌道修正しますけど、で、そのCDで夜の女王を担当しているのがスミ・ジョーだったわけです。この人の夜の女王のアリアはかなり好きで、この1曲(「復讐の炎は地獄のように燃え」だったかな)でこの人を気に入ったくらいです。夜の女王のアリアは、妹が一時いろいろなソプラノ歌手のCDを集めていたので、いろいろ聴き比べたことがありましたが、上品なナタリー・デッセー・ヴァージョン、艶っぽいスミ・ジョー・ヴァージョン、妖気漂うクリスティーナ・ドイテコム・ヴァージョンあたりが良いなと思いました、個人的には(あと、あまり有名ではないので私のような初心者には馴染みのないソプラノの人ので結構良いのがあったような気がするけど、気がするだけかもしれない)。ドイテコムの夜の女王のアリアは、上手いとかどうとかよりも、本当歌声に妖気のようなものがあって独特の存在感があり、いかにも夜の女王という感じがします。彼女の顔も知らない、CDでしか聴いたことがない私が彼女の夜の女王のアリアを聴いて頭にイメージする夜の女王の姿は、「さよなら銀河鉄道999」のメーテルのお母さんです。太陽のプロミネンスを黒っぽくして顔をつけたようなあれですが、実を言うとどんなだったか記憶があやふや。まあ、それはどうでもいいです。話が脱線しまくりだなあ、元に戻します。

スミ・ジョーは、「題名のない音楽会」では普通に良かったですね、やっぱり上手いと思いました。この人とテノールのロベルト・アロニカの歌う「乾杯の歌」も良かったんですが、なんですか、世の中にはテノール歌手にロベルト・アラーニャとロベルト・アロニカがいるんですね。自分、ロベルト・アラーニャしか知らなくて、「題名のない音楽会」は歌手の表記がなぜかアルファベットのみだし、司会の紹介を「ロベルト・アラ・・・」あたりまでしか聞いていなかったので、登場した人物をロベルト・アラーニャだと思い込み、「顔が随分変わった」と驚きましたよ。まあ、それはそれとして、ロベルト・アロニカは、「ラ・ボエーム」はいかにもイタリア人テノールな歌い方で自分は苦手だと思ったのですが、この乾杯の歌はイタリア人テノールのくどさ(私の偏見)がそんなになくて良かったと思いました。

キャサリン・ジェンキンスは、ビゼーの「カルメン」の「ジプシーダンス」を歌っていましたが、そうですね、細かな部分がいろいろ気になるんですけど、純クラシックではなくクロス・オーバーと考えればなかなか良かったと思います。でも、正直に言うと、前に生で聴いた印象から「ここまではいけるな」と思ったところまではいけていなかったように思いました。

|

« ライコネン話ですが、いつも以上に大したこと書いていません | トップページ | こういう流行には乗り遅れたい »

コメント

コメントを書く



(ウェブ上には掲載しません)


コメントは記事投稿者が公開するまで表示されません。



トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/30221/13020996

この記事へのトラックバック一覧です: 今日の題名のない音楽会:

« ライコネン話ですが、いつも以上に大したこと書いていません | トップページ | こういう流行には乗り遅れたい »