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2006.10.05

最後の早慶戦 他

なんか、日本GPのため来日しているF1レーサーたちが、あっちこっちでイベント参加しているみたいですね。ライコネンもタグホイヤーのイベントに参加したそうで。ネットでクルサードが琴欧州(←新しい漢字表記がわからないので旧表記で)と並んでちゃんこ鍋を食べている写真を見ましたが、その話を妹にしたら「なんかもう何からつっこんでいいかわからない」と言われたのですが、つっこまなければならない何かがある話でしょうか、これは。でも、なんとなく気持ちがわかるような。そういえば、母親にクルサードの写真を見せたら、「まあ、駒大苫小牧の田中くんにそっくり」と言ったのですが、これはどうでしょうか。これもちょっと納得したのですが(輪郭とか)。

そういえば、8月3日のテスト走行中に大怪我を負ったダマッタが先月下旬にめでたく退院したそうですが、退院直後のダマッタの映像がYouTubeにアップされているのを、某所で知りました。

http://www.youtube.com/watch?v=UpVRsh_ss-0

使われている言語が英語なので理解しやすいと思います、私は聞いていたら3秒で眠くなったのでヒアリングは放棄して映像だけ見ていましたが。・・・いや、まあ、ヒアリングが出来ないだけなんですが。そんなどうでもいいことは置いといてダマッタですが、まだまだ弱々しげですけれど、スムーズに歩いているし、表情もあるので、安心しました。あんな恐ろしい事故から、こんなにも回復して、本当に良かったです。

昨日、NHKの「その時歴史は動いた~戦火をこえた青春の白球」を見ました。1943年の徴兵猶予停止後に行われた戦前最後の早慶戦をテーマにしたものです。まあ、自分、学生時代、これ系(学徒出陣とか学徒兵とか)の話に比較的興味津々だったので、まあ、この出陣学徒壮行早慶戦絡みの話もほとんど知っていることでして、新しい情報と言えば、飛田穂洲氏や相田暢一氏の顔を見たとか戦後最初に行われた早慶戦が昭和20年の11月に行われた(えらく早い復活ですね)ことを知ったとかそのくらいなんですが、まあ、この件に関していつも思うのは、軍部の顔色を窺って早慶戦開催を許可しなかった早稲田当局がちょっと情けないなということです。在野の精神はこういうときにこそ発揮されるものではないかと(断っておきますが、早稲田は大好きですよ)。

でも、一緒に番組を見ていた母親が「小泉信三が早稲田ではなく、慶応にいた、それだけのこと」と言って、まあ自分の親が言ったことを持ち上げるのもアレですが、それが本質かも、と思いました(飛田氏が早稲田当局の人間ではなく、野球部の顧問でしかなかった、というのもあてはまりますね)。早稲田当局が情けないというより、小泉さんが立派だったのだ、と。

小泉信三氏についてはよく知りませんが、自分が本などで得た知識(すっごく乏しい知識だけど)から、良識がありバランスの取れた思考の持ち主であり、そして人情家という認識を持っています。彼が戦死した愛息のことを綴った「海軍主計大尉小泉信吉」(文春文庫)は、胸打たれる素晴らしい著作です。全編息子さんに対する限りない愛情があふれていて、嘆きや恨み言によってではなく、その全編にあふれる息子さんへの深い愛情によって、息子さんを失った悲しみの深さが伝わってくるのです。有名な慶応義塾塾長のちょっぴりお茶目な側面も見えたりして、優れた学者としてではなく、一人の素晴らしい人間として父親としての名著です(まあ、慶応の塾長ならではの事実というのも出てきますが)。ぜひ機会があったら読んでみて下さい。

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